感謝の祭儀(16


【閉祭】 ローマ・ミサ典礼書の総則が述べる閉祭は、開祭と比較してとても簡単です。


《お知らせ》 「必要に応じて行われる短いお知らせ」(90a)と書かれています。典礼の本質的な部分ではないからでしょう。したがってお知らせは、できるだけ簡潔に必要事項を知らせることが望まれます。

《派遣の祝福と閉祭の挨拶》 司祭は。父と子と聖霊の祝福を会衆の上に祈ります。続いて司祭は、感謝の祭儀終了の挨拶をし、「行きましょう。主の平和のうちに」と告げます。会衆は「神に感謝」と応え、ミサは終わります。


神の祝福のうちに、みことばとキリストのいのちのパンで養われ、神の豊かな恵みに満たされたた私たちは、家庭、勤務先、学校などの場に派遣されて行きます。親子兄弟、共に働く同僚、友人たち、出会う人々に、自分ができる形で福音を伝え、お互いを大切にし、神の恵みを分かち合うことを日常生活の中で実践していきます。この時、主イエスはいつも私たちと共におられることを忘れないようにしたいと思います。

最後の挨拶のことばは、ラテン語では「イテ・ミサ・エスト」と言います。これは「行きなさい。終わりました」という意味で、本来は命令形です。命令形に「派遣」の意味がもっと明確に表われていると思います。「行きなさい」ということばの中に、復活の主イエスが天に上げられる前に弟子たちに言い残された大切なことばが響いています。そしてそれは、私たちすべてのキリスト者に託された使命でもあります。


 「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を

授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終りまで、いつもあな

たがたと共にいる」(マタイ281920)。


 開祭のときには入祭の歌が歌われますが、閉祭の歌について総則は触れていません。つまり歌っても歌わなくてもいいわけですが、聖歌を歌って元気よく派遣されることには意味があると思います。磯子教会では「派遣の歌」として歌われます。欧米の大聖堂でしたら、司祭の閉祭の挨拶とともに、パイプオルガンが響き渡るのではないでしょうか。


 長い間「感謝の祭儀」について書いてきました。ミサの大切な意味を少しでもご理解頂けたら幸いです。典礼憲章のことばをもって結びたいと思います。


 「教会は、キリスト信者が、部外者あるいは無言の傍観者としてこの信仰の神秘(ミサ)に列席するので

はなく、儀式と祈りを通してこの神秘をよく理解して、意識的に、敬虔に、行動的に聖なる行為に参加し、

神のことばによって教えられ、主の御からだの食卓で養われ、神に感謝し、ただ司祭の手を通してだけで

はなく、司祭と共に汚れのないいけにえをささげて自分自身をささげることを学び、キリストを仲介者とし

て、日々神との一致と相互の一致の完成に向かい、ついには神がすべてにおいてすべてとなるよう細心の

注意を払っている」(48)。