感謝の祭儀(9)

 

【奉献文(感謝の祈り)】 ことばの典礼」から「感謝の典礼」に移ります。まず奉献文はミサの中心であり頂点で、感謝と聖別の祈りです。この祈りにおいて、救いのわざ全体に対して神に感謝がささげられ、ささげものがキリストのからだと血になります(総則72参照)。司祭が主キリストの代理としてミサをささげることにより、主ご自身と十字架のいけにえが祭壇上に現存するものとなります。

感謝の賛歌を除いて奉献文は共同体を代表して司祭が一人で唱え(歌い)ますが、会衆は、沈黙のうちに、司祭と心を一つにして祈りをささげます。このとき洗礼を受け、キリストの祭司職にあずかる信者は、キリストと共に、キリストの死と復活を御父にささげます。祈りの中に「わたしたち」という言葉が使われるのは、共同体が一つになってミサをささげることを表しています。奉献文を構成する要素を簡潔に説明しましょう。

 因みに奉献文は、四つの主要な奉献文と「ゆるしの奉献文」二つのほか、「種々の機会のミサの奉献文」が四つあります。それぞれ内容が豊かで、美しく、味わい深い祈りです。関心のある方はお読みになって味わったらいかがでしょうか。心に響く祈りです。

 

《叙唱》 奉献文は叙唱から始まります。導入は司祭と会衆の対話句です。

  司祭:「主は皆さんとともに。」  会衆:「また司祭とともに。」

  司祭:「心をこめて神を仰ぎ、」  会衆:「賛美と感謝をささげましょう。」

司祭は、神の民全体の名によって、神である父に感謝し、その栄光をたたえます。また、叙唱は、典礼季節や祝祭日などの特別な理由のために感謝がささげられるので叙唱の数は多く、多様です。たとえば復活の主日、主の昇天、聖霊降臨の主日などの「聖書と典礼」の最後のページ(8ページ)にその祭日の「叙唱の味わい」が載せられています。ゆっくり味わうことをお勧めします。

叙唱は「わたしたちは声を合わせて歌います、天使とすべての聖人とともに、あなたの栄光をたたえて」(第二奉献文)で結ばれます。

 

《感謝の賛歌》 叙唱に対する会衆の応答として感謝の賛歌が歌われます。この賛歌は、天上の天使、聖人たちとともに、この地上の私たち、司式司祭も会衆も一緒に、喜びのうちに、神への感謝の心を込めて歌われます。

 感謝の賛歌は二つの部分から構成されています。前半の言葉は、イザヤが預言者として神に召されたとき、幻のうちに見た天使たちの賛歌の言葉、「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主…」(イザヤ63)から取られています。この賛歌はユダヤ教の典礼の祈りとして使われていたと言われます。おそらくイエスご自身も、安息日に会堂でこの賛歌を歌っておられたと私は想像しています。この賛歌はキリスト教に受け継がれ、5世紀ごろからミサの中で歌われるようになりました。7世紀に付け加えられた後半の部分は、「祝福あれ、主の御名によって来る人に」(詩編11826)に由来します。イエスが最後にエルサレムに入城されたとき人びとは、同じ言葉で「主の名によって来られる方、王に、祝福があるように」(ルカ1938)と声高らかに神を賛美しました。この人びとの祈りと歓呼の叫びをヘブライ語で「ホザンナ」と言います。