第2バチカン公会議後(17)

 

【現代世界憲章】

 「現代世界憲章」は、1965年12月7日、第2バチカン公会議閉会の前日に、長い間の論争を経て、発布されました。教父たちの激論の上に聖霊が降り、教会にとってたいへん重要な憲章が宣言されたのです。

 前に述べた三つの憲章は教会内に向けたものでしたが、現代世界憲章は、教会史上初めて全世界の人々に語りかけたという点で、ユニークな司牧的文書です。信仰は、「あの世」だけの問題ではなく、今、この世界の現実の中で、人間として神と人々の連帯のうちに生きる大切な道でもあることを力強く訴えています。

この憲章には、人間のいのち、尊厳から始まって、世界中のすべての人の日常生活に欠くことのできない大切な事柄について詳細に述べています。理論よりも、人類のために理解して欲しい、実践して欲しい、とチャレンジしているように私には感じられました。かつての教会は、社会福祉、教育などを別にして、外の「闇の社会」に対しては否定的で無関心でした。信者が政治や社会問題について発言することはタブーでしたし、他宗教には不寛容でした。現代世界憲章は、教会の進路を変えました。世界に対して大きく扉を開きました。救いはすべての人に及ぶのです。教会は「開かれた教会」へと転換しました。

この憲章を読んでいると、1963年4月11日にだされた、ヨハネ23世の回勅、「地上の平和」を思い起こします。ヨハネ23世もまた、回勅を初めて「善意あるすべての人へ」と、カトリック信者のみならず、世界中の善意の人々へ呼びかけたのです。「世界のすべての人」はヨハネ23世の遺志でしょう。

現代世界憲章の内容は多様で、豊かですので、ここではとくに私の心に響いた3箇所の引用に留めます。

 

 「現代の人々の喜びと希望、苦悩と不安、とくに貧しい人々とすべての苦しんでいる人々のものは、キリストの弟子たちの喜びと希望、苦悩と不安でもある。真に人間的なことがらで、キリストの弟子たちの心に響かないものは何もない」(1)。 ―この一節は、教会の進路変更をよく表していると思います―

 「今日、すべての人の関心を呼び起こしている多くの課題の中でも、とくに結婚と家庭、人間の文化、経済生活、社会生活、および政治生活、諸国民の家族的なつながり、そして平和を取り上げるべきであろう」(46)

 「都市全体または広い地域をその住民とともに無差別に破壊するための戦争行為はすべて、神と人間自身に対する犯罪であり、ためらうことなく断固として断罪されなければならない」(80)

 

 現代世界憲章は世界に語りかけ、チャレンジしていると述べましたが、公会議後の日本の教会がすばやくこのチャレンジに反応することはありませんでした。20年以上経った1987年に日本司教団は、日本の福音宣教の活性化を願い、福音宣教推進全国大会(NICE-Ⅰ)を開きました。「信仰と生活が遊離している。社会の現実から教会のあり方を見直すべきだ」というテーマをもとに話し合いが行われ、最終的に司教団は、「共に信仰の喜びをもって生きよう」というメッセージを発しました。信仰を掟や教義中心に生きるのではなく、喜びをもって生きよう、ということでした。当時「ともよろ」という言葉がはやりました。1993年にNICE-Ⅱが開かれましたが、その後、残念ながら折角のこの動きは姿を消してしまいました。

興味深いことに、公会議後50年を経た今、日本の教会の課題意識が高まっているように感じます。憲章の新しい翻訳、各所で開かれている憲章の研修会、加えて平和運動への参加者の増加などです。

磯子教会でも、「平和について語り合おう」という呼びかけがありました。素晴らしいことです。平和問題だけではなく、現代が直面している種々の課題、たとえば、信仰、福音宣教、人間の尊厳や生命、人権、貧困、格差、人間関係の希薄化、家庭など、キリスト者として取り上げて欲しい課題は山積みです。語り合いにあたっては、ぜひ聖書と公会議文書を手元に置いて実践的な議論をして欲しいと私は望んでいます。

私の長い人生の中で第2バチカン公会議は革新的な出来事でした。その経験を少しでも分かち合いたいと考え書いて来ましたが、今回で一応終わりたいと思います。ありがとうございました。