第2バチカン公会議(15)

【神の啓示に関する教義憲章(啓示憲章)】

 

今、私たちの信仰は、「みことばと聖体」によって養われていることを信じています。しかし、第2バチカン公会議以前の教会は、聖書のみことばの大切さを強調していなかったと思います。聖書を読む信徒は少なく、聖書を学ぶ機会もありませんでした。

公会議も終了に近い1965年11月に発布された啓示憲章のお陰で、聖書に関わるカトリック教会の姿勢は大きく転換しました。すべてのキリスト信者に、聖書を読むことの大切さを強調するようになったのです。大きな喜びでした。この点について私が肌で感じたことを少し述べたいと思います。

 

①  これまで聖書の研究に消極的であったカトリック教会においても、多様な学問の方法を生かした聖書学が認められ、聖書の研究と理解が進みました。原典の言葉で聖書を研究する日本人聖書学者も増え、新しい聖書解釈や研究成果が公表されるようになりました。聖書に関わる本が出版され、聖書研究や聖書講座も盛んに行われ、私たち信徒の聖書への理解も少しずつ深まっていきました。そして、聖書のうちに現存するイエスに出会い、みことばを味わい、その内容の深さ、豊かさ、美しさに目覚め、聖書をとおしてイエスと交わる喜びを味わうようになりました。この憲章の序文に、イエスに出会い、そのことばを聴き、行いを見た使徒ヨハネの言葉が引用されていますが、みことばをとおして御父とイエスと交わることの大切さが記されています。聖書をとおして、生きているキリスト・イエスと出会い、交わりをもつことができるという教えは新鮮でした。

 

②   聖書は、旧約と新約は別々の本ではなく、両者を合わせて、神の霊感によって書かれた1冊の書であることを学びました。ただ、その目的に違いがある、と啓示憲章は述べています。旧約聖書は、「万物のあがない主であるキリストとそのメシアとしての支配の到来を準備し、預言によってそれを告げ、さまざまな予型をもってそれを表すことである」(15)、と。新約聖書は、永遠のいのちのことばであるキリストが、この地上で、ことばと行いをもって神の国の福音をのべ伝えたこと、そして主の過越と昇天、聖霊降臨を告げ知らせています(17参照)。

ヘブライ人への手紙は冒頭に「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終りの時代には、御子によってわたしたちに語られた」(1:1~2)と書かれています。

つまり、両文書が重要であり、啓示憲章はその一致について、「神は、その知恵をもって、新約が旧約のうちに秘められ、新約において旧約が明らかになるように賢明に計ったのである。(中略)旧約聖書の全文書は福音の宣教で取り上げられ、新約聖書の中でその完全な意味を獲得し明示し、また逆に新約聖書を照らし説明しているからである」(19)と述べています。

両文書の中で、福音書がとくに大切です。四福音書は、「使徒たちがキリストの委任を受けてのべ伝えたことを、後に彼ら自身や使徒とつながりのある人々が神の霊の息吹を受けながら書き留めて我々に伝えた」(18)ものだからです。

ミサのみことばの典礼の中心は「福音」の告知です。第1、第2朗読を含め、神が「今日」私たちに告げ知らせるみことばを噛みしめ、味わい、日々の生活に活かしたいと願っています。

(つづく)