第2バチカン公会議後(14)

 

②  昔、信徒はただ聖職者の言いつけに従い(obey)、教会維持費を払い(pay)、天国に行けるように祈って(pray)いればよい、とされていました。信徒がイエスの福音を人々に伝えることは考えられていなかったと思います。福音宣教は宣教師と伝道士の仕事でした。

第2バチカン公会議はこの考え方を変えました。変えたというより、原点に戻した、と言った方がよいかもしれません。教会憲章はその第4章で特別に「信徒について」を取り上げています。信徒は受動的に、言われるままに動く身分ではなくなりました。信徒は、「洗礼によってキリストのからだに合体され、神の民に組み込まれ、自分たちのあり方に従って、キリストの祭司職、預言職、王職に参与する者となり、教会と世界の中で、自分たちの分に応じて、キリストを信じる民全体の使命を果たすキリスト信者のことである」(31)と定義されています。世俗の生活に召されているすべての信徒は、家庭と社会の日常生活をとおしてキリストの福音を告げ知らせ、キリストを証しする使命に招かれていることが明らかにされたのです。信徒の共通の祭司職について参考となる文章があります。2007年に出された、「共同宣教司牧に向けた」司教教書の中で梅村司教が述べている言葉です。

 

「わたしたちの教会がキリストの教会としてあり続けるためには、三つの欠かせない要素があります。すなわち、祈りがささげられ、信仰が伝えられ、愛の証がなされていることです。ですから、小教区としてもまた地区としても、それぞれ自らの力によって、信仰を伝え、祈りをささげ、人々に愛をそそいでいけるような共同体に成長することが期待されているのです」(p.5)。

私たち信徒一人ひとり、また教会共同体はキリストの弟子としてキリストと共に祈り、とりわけミサを大切にし、言葉と行いをもって神のみことばを人々に伝え、「仕えられるためではなく、仕えるために来た」キリストにならって隣人にたいする愛の実践に努めることが求められていると思います。

 

③  子どもの頃、プロテスタントは異端であり、プロテスタントの聖書は読んではいけない、仏教のお焼香はだめ、神社の鳥居をくぐってはいけない、と教えられました。戦時中、学校は生徒たちをよく神社の参拝に連れて行きました。身内に不幸があった者は汚れているから鳥居をくぐってはいけないと言われ、私は何人もの親戚を不幸にしました。今では信じられない狭い考えに閉じ込められていたのです。

 

カトリック教会は、教会第2バチカン公会議を通して、「開かれた教会」へと刷新されました。キリストを信じる者が一つになる「エキュメニズム(教会一致運動)」の方向に歩み始めたのです。「一つになる」ことは、イエスの思いであり、公会議を開催したヨハネ23世の願いでもありました。教会憲章の第二章で言及され、さらに後に、「カトリック東方諸教会に関する教令」、「エキュメニズムに関する教令」、「キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言」が公布されました。

 

少し具体的例をあげると、古い話ですが、1054年に西方のローマ教会と東方正教会は分裂し、相互に「破門」を宣告しました。1965年12月、両教会は和解し、教皇パウロ6世と東方正教会のアテナゴラス1世は相互に「破門」を解消しました。諸宗教との対話の実践として、1986年10月、ヨハネ・パウロ2世はアシジで「世界平和の祈りの集い」を呼びかけ、仏教、神道、イスラムなど諸宗教の代表者が集まり、世界平和のために一緒に祈りました。それは今、恒例行事に発展しています。現在、私たちが使用している「聖書 新共同訳」は、1987年にカトリックとプロテスタント諸派の共同作業によって翻訳され、発行されました。毎年1月の「キリスト教一致祈祷週間」には、カトリックとプロテスタントは一緒に祈りをささげています。「主の祈り」をカトリックと聖公会は同じ言葉で祈っています。かつては考えられなかったことが、今、実現しています。