「第2バチカン公会議後(12)」

 

 

③ 刷新されたミサで、「聖書はもっとも重要なもの」(典礼憲章24-以下「典」と記す)と宣言されたこと

は、私にとって大きな喜びでした。今、私たちは、イエスが聖書のみことばの中に生きておられ、みことばをとおして私たちにご自分について語り、私たちに話しかけ、メッセージを伝えておられることを知っています。しかし、この文書が発表されたときは驚きでした。なにしろ公会議以前、大事なのは公教要理を覚えることであり、聖書はあまり読まないように、とさえ言われていたからです。

 

当時、聖書と言えば新約聖書で、旧約聖書はあまり大事ではないと考えられていました。旧約聖書のカトリックの日本語訳もありませんでした。聖書は旧約聖書と新約聖書を併せて1冊の聖書であることも新たに知りました。啓示憲章は、聖書の作者である「神は、その知恵をもって、新約が旧約のうちに秘められ、新約において旧約が明らかになるように賢明に計ったのである」(16)とうたっています。

 

私たちが大切にする主日の「ことばの典礼」において、三つの朗読が行われます。第一朗読は原則として旧約聖書から、第二朗読は使徒書から、第三の朗読は福音書から朗読されます。とくに、ことばの典礼の中心となる福音書と第一朗読の旧約聖書は深い関わりがあることは、上記の啓示憲章が述べるとおりです。集会祈願の中に、その主日に記念する朗読のメッセージが簡潔に記されているので準備の際の参考になるでしょう。

 

預言者エレミヤの面白い表現があります。「あなたの御言葉(みことば)が見いだされたとき、わたしはそれをむさぼり食べました。あなたの御言葉は、わたしのものとなりわたしの心は喜び踊りました」(エレミヤ15:16)。私たちもみことばを噛みしめ、そこから大きな喜び(福音)を味わえるようにしたいものです。

 

 

祭壇に二つの食卓があります。一つは中央にある祭壇で、「パンとぶどう酒の食卓」と呼ばれます。これは、神の国の完成の日まで、御父にたいするキリストの十字架の奉献が続けられ、キリストの御体と御血によって私たちキリスト者が養われる食卓です。もう一つは、会衆に神のことばを告げる朗読台で、「ことばの食卓」と呼ばれます。ここで、みことばが告げられ、詩編が歌われ、説教が行われ、信仰宣言と共同祈願が捧げられます。この二つの食卓は「ことばの典礼」と「感謝の典礼」を象徴的に言い表しています。

 

 

典礼憲章のみことばに関わる箇所を少し引用しましょう。

 「キリストはご自身のことばのうちに現存しておられる。聖書が教会で読まれるとき、キリストご自身が語られるからである」(典7)

 「典礼を執り行うにあたり、聖書はもっとも重要なものである。聖書から朗読が行われ、これが説教によって説明され、詩編が歌われるからである。また、聖書の息吹と霊感から種々の祈りと祈願文と典礼の歌が生み出され(中略)るからである」(典24)

 「典礼において、神はご自分の民に語られ、キリストは今も福音を告げられるからである。そして会衆は、歌と祈りによって神にこたえるのである」(典33)

 「神のことばの食卓がいっそう豊かに信者に供されるために、聖書の宝庫がより広く開かれなければならない。こうして、一定の年数を周期として、聖書の主要な箇所が会衆に朗読されることになる」(典51)