四旬節】:

前号で簡単に触れましたが、もう少し付け加えます。

 

四旬節はもともと、復活徹夜祭に洗礼を受ける志願者の準備のために設けられたようですが、復活祭を迎える準備として信者にとっても大切なときです。今年の教皇の「四旬節のメッセージ」は、「互いに愛と善行に励むように心がけましょう」(ヘブライ10:24)に焦点を当て、キリストにおいて兄弟姉妹であるすべての人は「互いに思いやりを持ちましょう」、そして「愛と善行に励むように」と訴えています。自己中心的な、他者に対して無関心の傾向が強い現代社会に、キリストの愛による、温かい人間的な関わりと絆、他者の苦しみに共感できる心の大切さを強調しておられます。

 

入門式を経て求道者となった人たちは、聖書などの学びをとおして、早く洗礼を受けてキリストのいのちにあずかり、教会共同体の一員として、一緒にキリストの食卓にあずかりたい、という強い気持ちを持つようになったと思います。この方々は、神に選ばれた者として、四旬節第1主日に行われる入信志願式をとおして入信志願者となります。式中、代父母だけではなく、教会共同体に対しても、神のみことばを受け入れて生活しているか、祈っているか、共同体との関わりを大切にしているか、などが確認されます。これは四旬節という養成期間に、共同体にも、祈りと模範をもって志願者を支援する責任があることを示しています。皆さん一緒に、磯子教会だけではなく、すべての入信志願者のためにも、良い準備ができるように祈りましょう。

 

【聖木曜日】:

「過越の聖なる三日間」は、典礼歴年の頂点であり、中心です。ぜひこの三日間の典礼に参加するようにお勧めします。この第1日目は、聖木曜日の「主の晩さんの夕べのミサ」に始まり、聖金曜日の「主の受難」の式で終わります。

この日のミサは、キリストが聖体を制定し、「これを行いなさい」と言われた最後の晩さんを記念して行われます。共同体全体が一つに集まり、一つのパンを分かち合い、キリストにおける一致を味わいます。

栄光の賛歌を歌うとき、鈴を鳴らします。以後、復活徹夜祭で栄光の賛歌を歌うときまで、教会は鈴も鐘も鳴らしません。静かに主イエスの受難を思い起こすためです。

 

ミサの中で、任意ではありますが、「洗足式」が行われます。司祭は、会衆の中から選ばれた人たちの足を洗います。イエスが最後の晩さんの席で、「この世から父のもとへ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、愛し抜かれ」(ヨハネ13:1)、弟子たちの足を洗ったことを記念するためです。イエスは、弟子たち、そして私たちを極みまで愛され、それが十字架の死に繋がっていきます。この式をとおして私たちは、イエスの愛と受難を黙想し、味わいます。

ミサが終わると、聖金曜日にはミサが行われませんので、翌日の聖体拝領のために、この日のミサで聖別された聖体を、別の安置所の仮の聖ひつに移します。磯子教会の場合は、2階に安置所が置かれます。この聖体の前で、弟子たちに背かれ、一人、十字架に向うイエスを思い、静かに祈ることが勧められます。

安置式の後、祭壇上のすべての物が取り除かれ、祭壇を裸の状態にします。これは、主の受難と死が始まったことのしるしです。この日、ミサの閉祭はありません。

 

 

【聖金曜日】:

聖なる三日間の二日目で、聖金曜日の日没から、聖土曜日の日没までになります。1年の中で唯一この日だけはミサが捧げられません。主の受難と死を記念する祭儀が、裸にされた祭壇で沈黙のうちに始められます。祭儀は下記のように行われます。

 

(1) ことばの典礼:みことばを聴いて、キリストの受難にあずかります。

(2) 盛式共同祈願:第2バチカン公会議によって改められ、神を信じない人のためにも祈ります。

(3) 十字架礼拝:顕示された十字架を礼拝し、キリストの受難にあずかります。

(4) 交わりの儀:安置所から運ばれた聖体を拝領し、キリストの受難にあずかります。