第2バチカン公会議(1)

 

教皇に就任してわずか3カ月後の1959年1月25日、城外の聖パウロ大聖堂でヨハネ23世が突然、公会議開催を宣言したとき、ローマ在住の18人の枢機卿たちは驚きのあまり沈黙してしまったことを前回に書きました。しかし、なぜ沈黙したのでしょう。

 教会史上、第2バチカン公会議は21回目の公会議ですが、これまでの公会議は、教会の教えに関わる異端や誤謬を退け、教義または倫理上の特定の問題を解決するために開かれていました。そこで枢機卿たちは、今、教会として特別に取り上げる問題はないのに、なぜ公会議を開く必要があるのか、と考えたようです。しかし、ヨハネ23世は違います。

 教皇は、新しい光のもとにカトリック教会を見直し、さらに、教会内部だけではなく、現代世界のすべての人々の問題解決に貢献したいという思いをかねてから抱いておられたと言われています。そこに、聖霊が働き、世界の司教たちと一緒に考える「公会議」がひらめいたのでしょう。こんなエピソードが伝えられています。

 

公会議を開く目的は教会の「刷新」であるという意向を示された教皇に、ある日一人の枢機卿が、「パパさま、『刷新』とは具体的に何ですか」と尋ねました。教皇は立ちあがると部屋の窓を大きく開け放ってこう言われました、「要するに、教会に新しい空気を入れることですよ」と。また別の機会に、「結局、長年ペトロの聖座にたまったチリを吹き払う必要があるだけのことだよ」と言われたと。 

 

 正直言って、私も当時戸惑ったことを思い出します。よく、「アジョルナメント」という言葉を耳にしました。それは「刷新」または「現代化」と訳されていました。私もその意味がよく理解できませんでした。子ども時代から、カトリック教会のみが正しい教会であり、唯一不変の真理を有している、と教えられていたからです。不変のものをどうして刷新するの、という疑問が頭にありました。今にして思えば、私たちが秘儀として信じる「キリストのからだ」である「聖なる普遍の教会」と、人間の組織としての教会を混同していたのです。人間の組織としての教会は、過ちもおかせば、コレステロールを蓄積することもあり得るのです。

2000年に及ぶ長い歴史の歩みの中で、組織としての教会には、神の思いから離れた人間的な考えや思いがチリのように積もっていたのです。ヨハネ23世はそのチリを取り除くことを強く望まれたのです。ここでほんの一部ですが、公会議以前の状況に触れてみましょう。

 

一つは、教会一致の問題です。ヨハネ23世は歴史学者であり、また、ブルガリア教皇使節、トルコ・ギリシャ教皇使節、パリの教皇大使というバチカンの外交関係の仕事に携わっておられました。その関係で、東方正教会(ギリシャ正教会、ロシア正教会など)の人々と親しい関わりがあり、ローマ教会とは異なる彼らの考えや種々の事情などもよく理解しておられました。皆さまも歴史で学んだことがあるかもしれませんが、東西の教会は11世紀の初めに分裂し、ローマ教皇とコンスタンティノーブル(現イスタンブール)の総主教はお互いに破門宣告をしていました。16世紀に入るとルターを初めとする宗教改革が起こりました。カトリック教会は他のキリスト教諸教会・諸教派に対して裁く姿勢を持ち続けていました。

同じキリストを信じながら分裂状態にあることを深く憂慮していたヨハネ23世は、キリストにおける一致を強く願っていました。