ヨハネ23世(3)

 

1958年11月4日、ヨハネ23世はすべてを聖霊の導きに委ねて教皇として歩み始めました。彼は、教皇は「しもべのしもべである」ことを常に心に留め、世界の人々に対する強い奉仕の精神を持っていました。

教皇に就任して間もなく、彼の行動は周囲の人々を驚かせ、世界中の話題になりました。時々、バチカンを抜け出すのです。教皇はローマの司教であるという思いが強かったのでしょう、ローマの教会や学校や病院を訪れたり、車から降り、歩いて人々の間に入っていきました。この素朴で親しみやすい教皇は誰にも温かい笑顔で気軽に語りかけました。その姿が人々を魅了しました。こんな教皇をマスコミは親しみを込め、ウィスキーの名を借りて「ジョニーウォーカー(歩くヨハネ)」と呼んでいました。

多くのエピソードが伝えられていますが、よく知られているエピソードを二つほど紹介しましょう。

就任して間もないクリスマスに、教皇はローマの小児病院に子どもたちを見舞いました。もちろん子どもたちは「パパさま、パパさま」と大歓迎です。おじいちゃんと孫のように、病院で楽しい団らんのひと時を過ごしました。パパさまと仲の良い友だちになった子どもたちは教皇に、しばしば手紙を書いた、と伝記は記しています。一人の子どもは教皇に、「ぼくは大きくなったら巡査になろうか、それとも教皇になろうかと思っているんだ」と書き送ったそうです。教皇は、「巡査になる勉強をした方がいい。教皇はだれでもなれるのだから。私を見れば、よくわかるだろう」と返事をしたそうです。

同じ頃ヨハネ教皇は、ローマの刑務所を訪れました。教皇は「君たちのほうからは来られないから、私がやって来たよ」と囚人たちに温かい言葉をかけ、励ましました。彼らは教皇を驚きと喜びの拍手をもって迎え、教皇の前に膝まずいて祝福を求めたといいます。捕らわれの身に、光が差し込みました。

このようなヨハネ23世の司牧的な姿に心がなごみます。この二つのエピソードはイエスのことばを思い起こさせます。「病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。(中略)わたしの兄弟であるこの最も小さな者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ24:36、40)。

話はちょっとはずれますが、この文章を書きながら私の心の中では、ヨハネ23世と現教皇フランシスコの姿が重なります。バチカン放送局の映像を見ていると、典礼行事が行われる時、サン・ピエトロ大聖堂前の広場に溢れるほどの人々が集ります。フランシスコ教皇は、会衆の間をオープンカーで人々に祝福の手を振りながら通って行きます。するとあちこちから赤ちゃんが差し出されます。教皇は赤ちゃんを抱き上げ、その額にキスをして母親に返します。最後に車を降りると、車椅子の障害を持った方々が待っています。教皇は一人ひとりを温かい笑顔で祝福し、額にキスをされます。後ろに立つ世話をする人々にも祝福を与えます。

もう一つ、皆さんもご記憶でしょう。今年の3月19日(聖ヨセフの祭日)に就任式が行われた教皇フランシスコは、3月28日の聖木曜日、ローマの少年院で「主の晩さんのミサ」をささげ、その中で「洗足式」を行いました。しかも、選ばれた12人の中に2人の女性が含まれており、その1人はイスラム教徒でした。一人ひとりの足を洗い、その足に接吻しておられる姿を見て私は感動しました。「わたしは仕えられるためではなく、仕えるために来た」イエスの姿をそこに見た思いでした。伝統的に教皇は司祭方の足を洗っていたのですから世界は驚きました。保守的な伝統主義者からは当然のことながら批判が出ました。しかし、伝統や定めよりも、少年院に収容されている青年たちを気遣い、大切にするパパ フランシスコは慣習を破りました。若者たちは皆、涙を流していたと言われます。